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21歳フランス旅 1997





20年前ルーブル美術館にて





息子が生まれる一年前。21歳のとき初めてフランスに行きました。かれこれはや20年前・・(遠い目)



今仕事しているお店の他のスタッフがね、みんな若いのですがね。20歳、21歳、22歳、店長と最年長のわたくしがおりまして。



その若いスタッフの子がですね色々聞いてくるのです。色々というのは、風邪の治し方だったり、子どものことだったり、学校行事には行くのかとか、化粧品何を使ってるだとか・・多岐に渡ってるのですが。正直(ちょっと黙って仕事しなさいよ!口より手を動かせ手を!)って気分になる器量の狭いわたしです。



「わたしだったら21歳で子育てなんて出来ません〜っ。尊敬です〜っ」って言われたところでどう言ったらいいか解らないじゃないですか?あくまで仕事は仕事だし。そこは切り離してサクサク遂行したいところ。

しかしこの歳になると自然と若い人に押し付けがましくない程度のアドバイス(何のじゃ)をするのも、自然の流れかな、と思っており知っていることは色々話もします。適当に。。



先日若いスタッフがこう話かけてきました。



若スタ「わたしフランス行きたいんですよ〜。何か色々見たいんです」



わたし「へえ。行けばいいじゃないですか?安いツアーとかもあるし。行っちゃえ、行っちゃえ」



若スタ「空港から直行で行けるんですかね〜?」



わたし「え、行けるでしょ。エールフランスとかで」



若スタ「母と行きたいんですよ〜。でも向こうに知り合いがいるわけでもないしー」



わたし(・・・旅行で行くのに知り合いなんて必要なのか)「お母さんとかあ。いいねですね♪若いうちに色々旅行するのはいいと思う。」



若スタ「わたし食べることが好きで〜♪何か美味しそうじゃないですか〜」





・・・こういうのって会話して間もなく〈言ってるだけか、本当に行きたいのか〉すぐ解るもの。







ねえ、本当に行きたいなら行ってるよ。







年齢で人を括るのはナンセンスだと思っているので、何事も始めは話を聞くことから入るわたしですが、自分の約半分の歳の人と話していてたまにジェネレーションギャップ云々というよりも〈その歳で甘えたこと言ってんじゃないよゴラ!〉と静かにフラストレーションを感じます。何でしょうね・・。まあ仕方ないことかな。そりゃあね。。





・・・・・・・・・・・・・・・





そんなこともあって(どんなことや)20年前のフランス旅行のことを書きたくなりました。



まるまる自分のための回想録となりますが、お暇でしたらお付き合いください☆







パリ市庁舎前



早朝、5時に家を出て関西空港へ。



便はエールフランスのパリ直行便。シャルルドゴール空港に夜7時着予定。21歳にして念願の海外、初のフライト、初のフランス!!



旅行プランは、宿と飛行機往復料金のみのフリープランを申込み。6泊8日のうち6日全部フリーなので、行きたいところは念入りに調べてスケジュールは工程はバッチリ。多分一人10万したかしないか・・ぐらい。でもエールフランスに乗りたかったので嬉しかった♪



小雨の降るパリ。夜の8時ごろシャルルドゴールに到着。



そうそう、ちょうど今の時期12月の初旬に行ったので結構寒くて。でもそんな気候もパリらしくていい。



ホテルはまあ、うん、こんなものかなという感じのホテル。何せ格安プランです。でもアメニティも揃っているし、バスダブもあって、トイレも綺麗。部屋は狭いなりに整っていて約一週間過ごすには十分。



朝、部屋に備え付けのテレビを付けると超元気のいいお姉さんの天気予報が放映されていた。ボクシングの格好をしてけたたましいフランス語でまくしたてている。「南仏は大体晴れで〜〜っ、パリは雨で〜〜っ」みたいな感じ。笑 これを何故か一週間毎朝観ました。



朝ホテルのロビーに降りていくと、香ばしいパンの香りがぷわ〜んと漂っていて、自由に朝食を取れるようになっていました。



ビジネスホテル感覚で使われているホテルらしく、仕事前のビジネスマンがコーヒー片手に新聞を読む姿があちこちに。(あら、フランス人は朝あまり食べないのね。。)とこの時気付いた次第です。でもねえ、そこはこちら旅行で来ているわけですから、がっつり美味しいパンを食べるで!の意気込みしかありません。笑



籠に沢山入れられた焼きたてのバゲットやクロワッサン、バターに絞りたてのオレンジジュース、淹れたてのカフェ・・



これこそパリ!(の朝ごはん)



しかも外は雨上がりの石畳。そこに朝の光が反射し、仕事に向かう人たちが足早に行き交う。



自分が今ここに居ることが嬉しくてたまらなく、ほんとにここに居る、と確かめるように息を吸いました。



パンは本当に美味しくて、今まで食べていたパンとは全く別物でございました。バゲットのパリパリ感、クロワッサンのバターの風味と口当たりサクサクとした食感・・・20年経った今でも、あの感動は忘れていません。





ホテルを出て、早速行動開始。



メトロの乗り方は本で予習(バーチャル)したのでバッチリ。カルネという10枚綴りになった切符をメトロ入り口にある窓口で買います。フレーズは、「カルネ、シルヴプレ」 これだけ。ちゃんと通じて無事ミッションクリア!



あ、ちなみに当時のカルネと郊外線の残ってる切符があるので載せますね。







上が確かRERというパリ校外へ向かう切符。



これはモンパルナスからシャルトルへ行ったときの切符。何で手元にあるのか解らないけど(笑)これを買う時切符売り場のオバさんに通じなくて。どうやって買ったのか忘れてしまいましたが、シャルトル大聖堂のステンドグラスを観ることが出来ました。シャルトルに着いたとたん近くのカフェのトイレに駆け込んで、どさくさまぎれにカフェを頼みお金を置いて走り去りました・・。



郊外の静かな町のカフェ。パリとは違う地元独特の雰囲気があって、そういうのも色々刺激になりました。



フランス語が通じるか通じないかで、旅の面白さが左右されると言っても過言ではないですよね。通じたときのあの歓び。世界に飛び出したぞ!って勝手に満足できるところがいい。後々通じなくてオロオロする場面度々遭遇(遭遇もなにも自分なのだが)するのですが、この時のオロオロ体験がわたしのフランス語学習のエネルギー源と言ってもいい。(現在仏検3級止まり)



メトロって降りる時自分でドアを開けるんです。駅に着いたら、ドアノブみたいなのをグイってひねって開けるんですよ。みんな当たり前にそうしているので(当たり前ですが)、わたしもパリジェンヌを真似してグイッと開けて降りました。(テンションUP!)





念願のルーブル美術館。





あ、これはおそらくベルサイユ宮殿の像です



ルーブルは広いです。一日じゃおそらく足りないです。3つの翼に建物が別れていて、モナリザや最後の晩餐、サモトラケのニケなどの代表作を見るなら場所を把握して効率よく回るのがいいですね。



当時のわたし、絵画の知識はほぼありません。それでも美しいもの、本物の芸術に触れることが今必要だと思ってました。今ルーブルに行かなくていつ行くんだ!みたいな。笑



やはりこういった本物の芸術が生活の近くにあることが、根本的な文化への想いを強くするんだろうと思いますね。道を歩くだけで美が溢れ、橋には歴史があって。若い頃にそんな場所で半年でも暮らしたら、すごく貴重な財産になるんじゃないかな。



ルーブルではモナリザを鑑賞。意外に小さな絵です。近くは人で混んでいたので遠巻きに。



感想は(これがモナリザかあ・・)というレベルでしか観ることができませんでした。色々ね、次は詳しくなってもう一度鑑賞したい。



ルーブルの次はオルセーへ。オルセーではゴッホを。ゴッホの自画像は印象的でした。オルセーは建物内部の光がきれいでした。(感想がきれいでしたってわたし何歳なんだろ。笑)



次の日はベルサイユ宮殿へ。郊外線に乗ると、日本人の一人旅女子が座っていました。日本人ってすぐ解りますね。こじんまり綺麗。そんな感じ。



ベルサイユ宮殿はみなさんご存じのようにルイ14世とマリーアントワネットが暮らしていた宮殿。マリーアントワネットの為につくられた村や、当時貴重とされた鏡をふんだんに使った鏡の回廊、そして一番印象的だったのは、王妃の間や王の間にあるベッドの高さ大きさ!一般的なベッドの域を超越しておりました。



ところでフランス革命の際、ベルサイユ宮殿に押し寄せた市民らによって王とマリーアントワネットは幽閉されることになるのだけど、このベルサイユ宮殿のつくり、警備的な面でとても甘かったのだそう。守りが薄いためいとも容易く王の間まで市民らが辿りついてしまい、逃げる時間が足りなかったのだそう。贅を尽くした宮殿も、失うときはあっと言う間なのですね。





マリーアントワネットが処刑されたコンコルド広場



ベルサイユ宮殿から、パリ市内まではそんなに遠くないと思うのですが、確かパリ市内まで歩いて戻った記憶があります。。あれ、うん、多分そう。途中でマックがあったので入ったのはいいのだけど、やけに高くてしかも激混み。注文の仕方が解らないので、適当にアレくださいみたいな感じで注文。



かなり歩いてくたくたになり、ホテルに戻ってバッタンキュー。そう、当時のわたし、チップというのを甘く見ておりまして。



まあ、適当に置いておけばいいよね?的な感じで、日本円で200円とかそれぐらいしか置いておかなかった気がします。(当時まだフラン通貨でした)そうしたらですね、お掃除のメイドさん、シーツ変えてくれませんでした。涙 正確には変えずに裏返してあっただけ。ああ〜。ケチってしまってごめんなさい!チップは大切なものですよね。今はケチったりしません!



次の日、蚤の市へ行きました。メトロに乗って最終のクリニャンクールへ。



クリニャンクールは北の方にあって、あまり治安のよい地域ではないそうです。この時も、着いてカフェに入ったのですが、地元フランス人たちが(ん?地元民のカフェに入るたあ、いい根性しとるやんけ)風な目線でジロジロ見てきたのでおっかなかった。



蚤の市を観ていると、フランス人のおっさんが「かわういね〜」ってほっぺたとつまんでくるし!やたら「エアマックス〜エアマックス〜」って叫んでくるし。(当時流行っていた)ああ、フランス・・解らんこと多い。。



あ、そうそう。メトロで色々移動していたのですが、ちょうどわたしが乗っていた頃メトロ内でテロがありました。日本でもニュースになったそうで、ホテルに戻ってテレビを付けたら生中継でテロのニュースがやってまして。(さっき通りすぎた駅や・・!)かなりびっくりしました。



メトロではスリ対策でバッグを抱え込んで、近づくなオーラを出して乗っていたので危険な想いはしませんでしたが、こういうことも起こるのだと、、ここは海外ということを実感したのでした。





凱旋門の上から



子どもを産んでから、海外に行くという発想すら薄くなってしまっていましたが、こうして記憶を辿ってみるとやっぱり旅が好きだし、行きたいところもまだまだ沢山!同じフランスでも、南仏のエズ、カルカッソンヌ、モンペリエ、香水の街グラース、、コートダジュール、食の街レンヌ、古城めぐり、、。



来年は一つ肩の荷も降りることだし、自分の為のやりたいことリストを作ってきっと全部叶えるぞ〜!







いつかのフランス旅行 1997 最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました・・♪





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