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宇多田ヒカルとの出会い

 

タイトルが恋人みたいですみません。笑

 

 

 

久しぶりに宇多田ヒカルの歌を聴いた。

 

あれは23歳の時。その頃三重県に住んでいてちょくちょく車で名古屋へ出かけていた。三重に引っ越す前は名古屋の千種区に住んでいて、ZIP.FMというラジオ局の日曜午後からやる小林克也さんのZIPHOT100という番組をほぼ毎週聞いてた。音楽は生活に欠かせなくて、休みの日はよく栄のHMVやタワレコに行ってブラブラしていた。そのラジオ番組は洋楽邦楽問わず、中部圏でホットな曲をランキングするもの。

 

ある日の名古屋からの帰り道。夕暮れの空の下、四日市あたりを車で走っていた。ラジオの小林克也さんが「さあここで今注目のアーティスト紹介!ええ、某有名歌手の2世でもあるみたいですよ〜曲は『Automatic』」

 

曲が流れ始め、聴き終わったあとのショック、、驚き。え、何この曲、リズム、歌声。

 

鳥肌。どうしようもなく素晴らしいものを聴けてしまった。聴くところによるとまだ15歳?え、誰?自分でつくってるの?

 

おおすごい。。。

 

それまで聴いてきた邦楽じゃない、こう、丹念に作り込まれたリズムじゃない、自然に溢れ出ている生きたリズム、というか。

 

そしてその後、宇多田ヒカルがメディアでみるみる取り上げられていき、HEYHEYHEY!ミュージックチャンプ(ダウンタウンの音楽番組ね)に初登場すると聞いて、どんな子?どんな子?と興味深々でTVウォッチング。

 

そしてわたしの中で感じたのは、ああ、今15歳を生きてるけど骨の隋からアーティストだ。と。人はそれぞれどんな世界を生きてるか、そのそれぞれの世界の匂いを纏っていると思うけど、才能の源泉みたいな彼女が今出てきたってことは、日本に、音楽に癒しのパンチを食らわすため・・そんなふうに思った。

 

宇多田ヒカルがデビューし、ヒットし始めたのがちょうど長男を生んだ頃。チャイルドシートに長男を乗せてよく一緒に歌っていたら、ある時から長男が後ろからハモってきて。

 

歌:でも〜言葉〜を失った〜瞬間〜が〜

長男:・・・・・・・・・・・・ンガ〜〜♪

 

ンガ〜〜をバッチリ重ねて来ました。笑  かわいかったなあ・・・。(遠目)

 

今宇多田ヒカルの曲を聴くのは殆どアルバムをめくるみたいで、Automaticを聴くと初めてラジオから歌声が流れてきた時の感覚が蘇る。音って、体の中の水分、細胞に記憶されるのですからすごいですよね。

 

そういう記憶された音楽は他にも沢山。中学の頃に兄のテープ(当時はテープです。ハイポジの)を勝手に拝借してこっそり聴いたユニコーン。これもとってもショッキングだった。え、こんな曲があるの?今までテレビで流れてたヘタなアイドルは何だったの?やったあ!いい音楽見つけちゃったあ! 的な発見が楽しくて楽しくて。

 

そこから兄の居ぬ間を狙ってコソコソとテープを借り、クイーンとか、ヴァン・ヘイレンとか聴きましたが、クイーンはまだ当時のわたしには早かったしロック全般がダメだったな。ユニコーンはロックとかそういう縛りに当てはまらない、自由で不思議なバンド。高校の頃は何回もライブに行った。

 

自由で不思議と言えば、フリッパーズギター、小沢健二も自由で不思議で好き。レベッカもよく聴いた。あの歌唱力と切なくて力強いメロディは何度聴いてもよくて、他のアイドルとか聴けなかったもん。

 

 

 

宇多田ヒカルの歌声にわたしが癒されるのは、その声に彼女が語らない人生が詰まっているからだと思ってる。歌声というのは、歌唱力やテクニックで人の心を掴めるものじゃなくて、上手い、上手くないというフィルターで歌を聴くことはない。何が伝わってくるか、歌声の端々にそのアーティストが伝えたい、でも伝えきれない切なさや悲しみや、愛とか、メッセージや、表現したいもの、そういう非言語的なもの。それが空気を伝わって人の心を揺さぶってくる。だから、こんなにも沢山の人の心を捉え、皆が彼女の歌に寄りかかり、酔いしれることができる。

 

最近は売れるものを優先することが正しいこととされる風潮があるよね。本でも服でも、新聞でも雑誌でも、テレビでも何でも。

 

でも、人が心の底から求めているものって本当にそういう"売れる"ものなの?

 

わたしは人が心の底から求めているものは、”感動”だと思っている。体に染み入って一生涯自分の一部になる、そういう驚きや感動。そういうものに出会うと、ほんとうに息を飲むような瞬間が訪れるよね。”感”が”動く” 五感が動くってことだもん。鳥肌が立つような感動を届けてくれるアーティストにどれだけ出会えるか、音楽でも、本でも、何でも。これって人生をどれだけ豊かに過ごしていけるかに比例するとわたしは思ってる。

 

 

 

宇多田ヒカルの好きな曲は色々ありますが、これはデビュー前にCUBICUという名前で活動していた13歳頃の歌。Close to youのカバー。すでにR&Bを体現してしまっていてすごいなあと思う。

 

 

 

そして、5年ぶりに活動復帰されましたね。また一味違う歌声を聴けるのが楽しみです。

 

JUGEMテーマ:アーティスト

 

 

映画から学ぶスタイル






久しぶりに公園で裸足に。





こうすると色んなものを大地が吸い取ってくれて、力ももらえる感じがする。





最近ではアーシングが脚光を浴びてきて、とてもいいことだと思う。みんなもっと大地と触れあって体を地球と繋げられたらね、色んな不具合がよくなっていくんじゃないかなー。









で、全然関係ない話なのですが、むすめの高校の制服のベストをね、百貨店に取りに行って。



わたし、ベスト大好きなんです。









ちょっと拝借しました。













悪くないでしょ? (どっからかコスプレとの声が・・)





ネクタイとベストは娘の制服に白シャツ、チノパン、フラットパンプス。ヒールのあるパンプスでも素敵。





こういう格好が一番好きなんだよなあ。。作りすぎない、力の抜けたユニセックスな感じ。



こういうコーデの時は、肌感がきれいに見えるようツヤっぽくしたり、ちょっとチークで色を足したり。



バッグはオレンジとか赤がいいな。





ベストはスタイルを引き締めるのにすごく使えるんです。





シャツの一番上のボタンを開けて、袖は適当に捲し上げ、きれい目のパンツなら知的に、ふんわりフレアスカートならコケティッシュに、チェックのパンツならブリティッシュに、ガウチョパンツなら今風に、とコーデも広がる。





で想いだしたのが、ダイアンキートンのこのコーディネイト。







アニーホールのワンシーン。時代を経ても、廃れないどころか、今にない新鮮さがあって、本当に昔の映画からは学ぶことが沢山。









いつも白シャツをよく着るので、それを基準にイメージしたり、制作しています。



先日制作した新しいバッグも、白シャツに、チノパンに、ローファー、スニーカー・・そんな大人なカジュアルをイメージして作りました。









白シャツと一口に言っても、ほんの少しのデザインや大きさ、素材の違いで全然雰囲気が変わるので、そこがまた奥深くて好きです。



わたしがつくるバッグは割と小ぶり。何故かというと、大きくて丈夫で機能的なバッグは良いものが沢山あるからですね。単純です。イメージしているのは、スタイルを持った女性。生き方でも、ファッションでも、考え方でも、その人だけのオリジナルなものが現れている女性。



人の意見に惑わされることなく、自分の直感に正直な人。だからその人がもつものが一人歩きするなんてのはダメ。控えめで、でも何処かちょっと違う何かがあって。











昔のフランス映画に出てくる女優はみな小さいバッグを持っていて。





カフェに入って、おもむろに煙草を取り出し、火をつける。





そんな言葉のない場面は何とも素敵です。







これはジャンリュック・ゴダールの「男性・女性」の中のワンシーン。



歌手志望のシャンダルゴヤがとてもキュート。何とも言えない、エレガントさが漂っていて・・









最近映画を全然観ていないので、何か借りてこようかなあ・・。





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JUGEMテーマ:映画とファッション

ウディアレン作品との出会いと世界観



ウディアレンの作品を知ったのは多分10年位前・・わりと最近です。当てもなくあるCDショップをうろうろしていて、何か気になるDVDだな・・と手に取ったのが「スコルピオンの恋まじない」。その時なぜかためらいなくジャケ買いしてしまったのですが、直感に導かれたのかな・・?この作品のおかげで、ウディアレンという監督(作品)をもっと観たい、知りたい!と強く思ったのでした。


『スコルピオンの恋まじない』 2001年 アメリカ
キャスト:ウディアレン・ヘレンハント・シャーリーズセロン

これを初めて見た時、1940年代のニューヨークが素敵すぎてクラクラでした。衣装やオフィスなどの古くささと洗練された感じ、お酒を飲むシーン、薄暗い明かり・・(すてき・・目が♡)ここでまずその世界観にやられました(笑)。それからストーリー。大人のジョークが効いていて、ウディアレンがオフィスで犬猿の仲であるヘレンハントに隠れてヘレンハントの机をゴソゴソ漁っているところに運悪くヘレンハントがやってくるのですが、びっくりしたウディアレンが手にしてた書類を宙に飛ばすんですね。ここが私的にツボにハマってしまい・・しばらく笑えました。

シャーリーズセロンも出ています。もうとんでもなく綺麗。しかも作中でウディアレンを誘っております・・それも面白い。。
犬猿の仲のヘレンハントを好きになってしまったウディアレンが、まじないを使ってヘレンハントを操り自分を好きにさせようとするのですが、最後はまじないなしでも好きになっていたというお話。昔のニューヨークの雰囲気、最高です。

・・・・・・・・・・・・・・・

ウディアレンのこれまでの作品は60以上に及びますが、わたしが今まで観た記憶に新しい順で勝手に挙げてみます!記憶に残っているものとそうでないものの差が結構ありますが・・彼の作品はラブコメディからシリアスなものまでありますが、色んなダメ男が出て来ます・・。そこがまた面白いんですけどね・・。(架空の他人事だし。笑)



『ブロードウェイと銃弾』 1994年 アメリカ
キャスト:ジム・ブロードベント・ジョンキューザック・ハーヴェイ・フィアスティン

一番最近観たのがこれ。自分の才能を信じて止まない脚本家が一旗揚げるために、止む無くギャングの悪玉ボスから出資してもらうのだけどボスの愛人を役者として使うのが条件という・・。その愛人の声がピンクの電話のよっちゃん(知らない人いる?)のようでしかも演技力なし・・。辛いところだと思う。ところが、悪い原因は実は脚本にあるんじゃ・・と、ボスの手下が手を加え始めたらみるみる良くなっていき、終いにはボスの手下による舞台になってしまい、自分に才能はなかったと恋人と結婚するという・・悲しいというかいろいろありえないけど、銃でバンバンよく撃つ感じのお話。作品を通しては(アーティストがギャングの素人に脚本を書いてもらうなんて皮肉なものだな・・)ズバリ皮肉な関係・・。そんな感想を持ちました。



『私の中のもう一人の私』 1989年 アメリカ
キャスト:ジーナ・ローランズ・ミア・ファロー・イアン・ホルム

喜劇作家・コメディ役者としてウディアレンを知ったので、この作品は新たなウディアレンの女性を描いたものとして新鮮に映りました。完璧な女性である主人公は、皆がうらやむようなキャリアコースを辿って祝福された結婚をするのだけど、50歳になって本当の自分を生きてこなかったことに気が付く。知識や芸術に富み、本を執筆し、大学では哲学を教え、夜は友人たちと夕食・・そんな生活は果たして本当の幸せなのだろうか・・と、まわりの声に耳を傾けるうち疑問をもつようになっていく。自立した大人の女性の心をまざまざと映し出しています。ウディアレンの「悲喜劇」の「悲」のところが作品を通して漂っていて、こういった作品はウケは悪いかもしれないけど、生意気なようですが人生に深く触れていると感じました。



『ブルージャスミン』2013年 アメリカ
キャスト:ケイトブランシェット・アレックボールドウィン・ルイス.C.K

作品の感想は・・ジャスミンが痛かった・・。かわいそうとか、自業自得、とかいうレベルではなくジャスミンという女性がヒリヒリしてきました・・。(アメリカ人どれだけプライド高いねんっ)なんて、また個人的なアメリカへの思い込みを強化してくれた作品かも。(家とか車に対する執着など)過去の優雅な暮らしに未だ酔いしれているジャスミンは、一文無しになって妹の家に身を寄せるのだが、裕福だったあの頃から抜け出せないまま、嘘に嘘を重ね何もかも失っていく・・。・・ウディアレン・・ここまで女性の心を抉らなくても・・。痛々しいジャスミンを演じたケイトブランシェットがすばらしかった。



『人生万歳』2010年 アメリカ 
キャスト:ラリーデヴィッド エヴァン・レイチェルウッド パトリシアクラークソン

かつての栄光とは・・例えてみるなら、賞味期限の切れたおいしいハムとか、産地直送なのに新鮮じゃなくなったカニみたいな感じ。いつまでもしがみついているとお腹をこわしかねない・・、うっかりすると最高だった過去を生きてしまいかねない、そんなことをわたしは思うのですが、この主人公はかつてノーベル賞候補にも挙がるほどの優秀な学者。そこに田舎から家出してきた世間知らずの若い娘が転がりこみ、成り行きで結婚するんです。プライドが高くて神経質な老人と10代の娘が結婚するって、ウディアレンらしいな・・と思うのですが、この作品で感じたのはやっぱり人生って予測不可能だ・・ということでした。



『ウディアレンの重罪と軽罪』 1989年 アメリカ
キャスト:キャロラインアーロン アランアルダ ウディアレン

重罪と軽罪に苦悩する二人の男性を描いた作品。重罪のほうは愛人に脅された医者が身を守るために人を雇って愛人を殺害してしまうのだけど、その罪の意識から逃れられず苦悩するのですね。軽罪のほうは(主観ですが)妻とうまくいかなくなったウディアレンが好きになった女性が一年後にライバルと結婚してしまうという、哀れな結果に。一方の医者のほうは一年後すっかり罪の意識から解放されて伸び伸びやっているという、これもまた皮肉な結末。重罪も軽罪も同じ罪は罪、、ラストがよかったです。


『アニーホール』1977年 アメリカ

ダイアンキートンのこのファッション好きです!キャラクターにもよく合ってるなあ。アニーホール、切ないお話でした、出会いはあんなに幸せだったのに・・いつしか熱も冷めてお互いの粗探しが始まって・・。生きていたらきっと誰もが少なからず味わう苦みの効いたストーリー。『ウディアレンの重罪と軽罪』や『人生万歳』もそうですが、ラストは女性が男性よりも夢を追って遠くへ行ってしまい、残された男(主にウディアレン)は悲しみに沈む・・という設定が多いですね。ウディアレンの人生観や女性観がここに表れているのかもしれません。昔の作品ですが、きっといつ観ても心に響くものがあると思いました。



『ギター弾きの恋』1999年 アメリカ
キャスト:ショーンペン サマンサモートン ユマサーマン

わたしの中で一番ダメ男だったのがこの主人公。めちゃくちゃギターが上手くて天才肌なのだけど、それ以外笑えるぐらいにダメダメ。ショーンペンがダメっぷりを好演するものだから結構イラっとしますよ(笑)。女グセの悪い主人公が偶然ナンパした口を利くことができない娘と同棲するのですが、その娘はサマンサモートン。食いしん坊で少女のようで、とってもかわいらしいのです。


いつもパンを食べていて、太ってる!とか言われるんだけどずっとニコニコしている。でもやがて別れの時がきて・・この男のダメっぷりは印象的だったのでよく覚えているんですけど(なぜだか)、列車の音が好きで一人で聴きに行くそれだけの為に命をかけるぐらい必死になったりする訳のわからないところとか・・やっぱり天才と言われる人は普通はしないことを普通だと思っているでしょうから、だから天才的なことが出来るんでしょうね・・。どれぐらいダメダメなのかはお時間あるときにでも観てみてください。

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以上8作品挙げてみました。他にもあるのですが追々追記します。改めてみてみるとヒーローがいないことに気が付きました・・(笑) 

けれども、リアルに現実を見つめ捉えようとする眼や人生についてまわる理想と現実のはざまを描き出してくれるところなど、あー面白かった、では終わらない心に残るものがあります。

ポスターや、DVDのパッケージを観るたび思うのは生粋のニューヨーカーにも関わらず、(フランス臭さ)が漂っていること。彼の持ち味がそうさせているのかもしれませんし作品のもつ雰囲気によって醸し出されるものなのかもしれません。

高齢になった今でも映画を撮り続けていてくれることはとても嬉しいし、勝手に励みにさせてもらっています。数年に一度ドンと制作するのではなく、毎年コンスタントに撮り続けているのは彼自身が映画を撮ることによって満たされることが必要だからでは、、なんて生意気にも勝手に感じてます。つくり続けることが必要な人なのだろうなって。これからも体力が許す限り、ずっと撮り続けていて欲しいなあ。




 
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