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楽しく仕事することは楽しく生きること





お昼は美容品を扱う雑貨屋さんで仕事しているのですが、自然由来のものが殆どなのと今の時期アロマの加湿器がフル稼働していて、願わくばずっとその蒸気を浴びていたいこの頃。笑

良い香りを嗅いでると、頭のてっぺんがパーッと開けていくような心地よさに包まれますね。仕事中はパタパタ忙しく動いているので、ゆっくり深呼吸するのを忘れがち。気が付くと呼吸が浅くなって、心身ともに窮屈になってしまいます。

人は放っておくと意識が外へ外へと向かってしまいます。

社会生活をしていると、日々見るもの聞くものありとあらゆるものに晒され続ける。

都内に向かう電車に毎朝乗るのですが、人の多さと雑踏に相変わらずクラクラします。。わたしは通勤電車というものが大嫌いで、、(座席が横並びしかないヤツね)あれは資本主義がつくり出した空しい産物ですね。

仕事に行くのってみんな奴隷じゃないし。にも関わらずあんな窮屈な思いをしなければ職場にたどり着けないなんて、ひどい話だと思いません?

夜、明かりの付いた満員電車に揺られる人々は毎日本当に大変だと思う。みんながそうしているからそれが当たり前・・じゃない。全然ない。始めはきっと、イヤだなって気持ちとせめぎ合っていたのが、毎日毎日そういった環境に身を置き沢山の人や雑踏に飲み込まれているうちに、本当の自分を見失ってしまうのです。

みんながそうしているからそれが当たり前・・一昔前の日本人の悪い特徴ですよ。今はそんな時代じゃないですもん。


仕事とは一体何でしょう。


生活していくためのお金を得る手段。もちろんそれは大事。何かを買わないと今の日本じゃ生きていけません。

自分を誇示するもの。肩書でしょうか。仕事がないと自分じゃないみたいで個人的にそれはイヤです。

誰かに貢献するための手段。これはお金の為だけよりも愛があります。身内の人だったり、大切な誰かの為に自分が頑張る。きっと毎日くたびれながら働いているミドルの方々はこれなんじゃないかな。わたしも半分これです。

会社の為に身を粉にしてもいいもの。これは私的にない。在りえない。会社ってそもそも何でしょう。頂点には確かに人間がいるしそこで働く人も皆人間だけど、会社そのものには血が通ってない。

会社の為。という言葉がわたしは大嫌いです。嫌悪感満載です。

スティーブジョブスがアップルを始めたのだって、誰もが驚く面白いものを作りたかったから。ただ大きい会社をつくる為だけじゃない。

儲ける為。利益を最大にするため。コストを削減し業界で一位になるため。そういう動機付けで商売をしていると必ずどこかに歪みがくる。価格で競争なんかするとただの値下げ競争になってしまって、モノの価値が二の次になってしまう。どんなものにでも人の労力が関わっているけど、その労力が報われない結果となっていく。

働いても働いても仕事が終わらないし、賃金も上がらない。トップから離れたところにいる人ほどそうなりやすい。

つまり会社の為=社長の業績と富の為、ということ。わたしの親年代ぐらいの人は割と社長の為とか、会社の為とかそういう大義を振りかざしやすいのだけど、今の30、40代はそうじゃない。

会社を大きくすることよりも、自分の人生を自分らしく生きることの方が重要。のはずでしょ。


わたしなんて、高校出るまで(今もですが・・)社会の仕組みも何もまったく無知な状態。自分の人生をどう生きるかとか真剣に考えようとしないままあっと言う間に30代突入。

(・・何かこのままじゃまずい)

これは自分らしい人生か?とある日キッチンで自問しました。そして本当の自分を生きたいと、思いました。


古くからの友だちは、(結婚もして子供も出来て幸せで順調だね〜)なんて声をかけたりしてきましたが、わたしの求めている本当の幸せとは違いました。もちろんそれを幸せと呼ぶんだよ、なんて言われたら、ああ、そう?そうかもね〜、と答えますが、生まれも育ちも違う人ぞれぞれの価値観は、決して押し付けるべきものではない。

世間一般の幸せ像に洗脳なんてされたら、皆同じようになってしまうじゃないか。いや、もうなってしまってる?

結婚して子供を産んだってそれが・・?母親という役割は決して自分の全てではない。いくら歳を重ねたってやりたいことをやるし、子供の人生と自分の人生をすり合わせて生きるなんて、何のために生きているのか解らないし。子供に見せる自分の姿が一番の教えになるのだから、自分らしくやりたいことをやる。

それは決して自分勝手なことじゃない。むしろ家族に解放感と明るさを与えるし、機嫌のいいオーラを出していることが家庭の平和、地域の平和、ひいては地球の平和にまで繋がっていく。

子供は親をよく見ているもんだ。

母親らしく振舞おうとしなくても、底にある愛情はしっかりと感じている。どんなことがあってもこの人は裏切らないという核心があれば、子供は伸び伸びたくましく育つ。

義務感や、自分の犠牲にしてまで母親だけになろうとすることは、子供にとっても決して幸せなことと言い切れるものじゃない。

あなたのために、家族のために・・、そういう無言のエネルギーは必要以上の恩を感じさせてしまう。

楽しく仕事をすること、楽しくなるように工夫を凝らすことは本当に大切なことだし、毎日の半分を仕事に費やすのであれば仕事の楽しみ方が人生の楽しみ方といってもいいかもしれない。

皆が満員電車に揺られ、決められたことを決められたようにこなし、同じ満員電車に揺られて帰宅。ささやかな日々の幸せを噛みしめて生きる人生が悪いとは言わない。でも、それに疑問を感じなくなっていたならぜひ自問したい。

(一度しかない人生、こういうものなの?)

人はやりたいことをやっている時が一番輝く。

楽しそうに生き生きとしている親をみて子供は思うでしょう。(ああ、大人ってやりたいことをやれて自由でいいなあ。早く大人になりたいなあ)

どうせなら子供にはそう思ってもらいたい。

毎日疲れ果てて帰ってくる親を見て、子供は何を感じているでしょう。(働くと好きなことも出来ないのか。。大人って大変だなあ。。仕事ってそんなに大変なんだなあ)

なんていう先入観を抱きやすいもの。


仕事は自分が楽しく世の中と関わるための大切な道具だよ。と、子供たちに伝わってほしい。


「バカになれ」と大学の卒業式でスティジョブスは言った。バカになって遊ぶことは何歳になっても必要です。


だから私は心身が固まりかけてきたらヘンな人になるんです。わたしにとってはヘンじゃないのだけどね。歌を歌って歩いたり。ヘンな動きで歩いてみたり。・・ヘンというか痛いのか。笑 でもそれも自己解放。何か迷惑かけました?です。


ということで、普段のルーティンを一度取っ払って楽しく仕事をしていこう!という記事でした。


散文最後まで読んでくださりありがとうございました。


 

自分を知ることと某○○屋




この店構え、すてきでしょう?

荒川区にある某生地屋さん。お気に入りなので名前は伏せさせてください・・えへ。


今お昼はアロマ関係の仕事をしているのですが、始めてもうすぐ2か月。最初は慣れないことばかりでしたが、何とかかんとか要領が掴めてきた感じ。周りにあるものが良い香りのものでいっぱいです。仕事しながら好きなものに囲まれてるの、幸せです〜。

昔から洋服が好きで、洋服に囲まれて仕事がしたいと思いこれまでアパレルに携わってきたのですが、やりがいとして洋服を通じて新しい自分を発見して頂けた時が一番うれしかったかな。

もちろん日々売り上げは意識しなくちゃならないし、お客様が何を求めているのかを知るには経験が必要になってくる。何かものを勧める立場にある人はつい、その良さとか知識とか、自分の概念のようなものを語ってしまいがち。でも、自分の経験も含めて言えることは〈ペラペラ話さない〉こと。ノリだとか上辺だけで接しない。女性は結構鋭いです。その店員が自信を持っている人なのか、ただのノリで行ってしまう人なのか、お客様を第一に考えている人なのか、割とすぐに見抜いています。見抜かれている意識を持つことも大切ですが、そこを無視して一方的にペラペラ話しているとお客さんは後ろへ後ろへ・・。

先日のことなんですが、某○l(バレバレやん・・)に行った時のこと。一階で柑橘系の香りのおススメコーナーがあったので、何となく(いい香り・・♡)なんてふらっと近づきました。そしたら店員の女性がいきなり隣に来て「これ私も何年も使っているんですが本当にフレッシュで飽きがきません〜」。わたしの顔を見ようともせず、笑顔もなく・・。いきなり試香紙にシュッシュッとしながら差し出すので正直コワかった・・。そういう時のわたし、すごく冷たい。(何なんですか、アナタ・・。)なオーラ満載にしてその場をフェイドアウト・・。それも40代〜50代と思われる女性の店員さんだったので、笑顔ないとちょっと怖いじゃないですか・・。人に接する仕事はそれ相応のやり方があると思いますわね。


なーんて。偉そうなこと書いてますが、わたし自身すごーい人見知りです。仕事が関係しなかったら知らない人とすぐ笑顔で話すなんてこと殆どしません。(直感がGOの時はそうとも限らないけど・・)一人でいるのが好き。一人で自由に動いていたい人間。
どうしてか不可解なことに、向いてないと思われる接客を社会では一番長くやってきました。これも必要な経験だったってことかしら・・。

でもね、私のような一人が苦にならない人間がずっと一人でいるのは、精神的に良くないことを知っています。一人で居たいくせにあまりに一人過ぎると不安になる。(アレ?わたしってどういう人間だっけ?)って。一人だと自分がよく解らなくなってくるんですね。何せ一人ですからね。(ああめんどくさ!)

なので、自分以外の人とたまにもみくちゃになって(嫌な人とかも)ああ、自分はやっぱこういうのが好きなんだな・・、こういうのが耐えられないな・・って確認できるのです。人に合わせるために人と関わるのではなく、自分を確かめるために人と関わるのです。自分の中の声を聴くために。それが自分を大切にすることに繋がると思いますし、自分を大切にしている人は、自分以外の人やものも大切にできます。

自分を知ることは、人生におけるおしゃれの第一歩だと・・わたしは思っています。


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先日、竹灯篭の夕べというのを観ました。



徐々に暗くなるにつれて幻想的な雰囲気になり、とても素敵でした。








秋の夜長。いいですね〜。

 

「le message メッセージ」 ジャック・プレヴェール


フランス語を勉強していたら一つの詩に出会った。
ジャック・プレヴェール 『ことば』1946年より

  le message メッセージ

La porte que quelqu'un a ouverte    

La porte que quelqu'un a refermee    

La chaise ou quelqu'un s'est assis    

La chat que quelqu'un acaresse    

La fluit que quelqu'un a mordu    

La lettre que quelqu'un a lue    

La chaise que quelqun'un a renversee    

La route que quelqu'un court encore    

La bois ou quelqu'un traverse    

La riviere ou quelqu'un se jette    

L'hopital ou quelqu'un est mort.    


誰かが開けた扉

誰かが閉めた扉

誰かが腰かけた椅子

誰かがかわいがった猫

誰かがかじった果実

誰かが呼んだ手紙

誰かが倒した椅子

誰かがまだ走っている道

誰かが通り抜ける森

誰かが身を投げる川

誰かが死んでしまった病院


一つの部屋にある日常  人と人の物語  その結末...  

短い言葉の狭間、多くの世界 余韻を感じさせてくれるこの詩

言葉から生まれる世界の広さを感じさせてくれる

詩の世界は、自分の世界をも広めてくれるよう


・・ジャック・プレヴェール ・・
パリ、ヌイイ=シュル=セーヌ生まれ。
詩人、映画作家、童話作家。シャンソン「枯葉」映画「天井桟敷の人々」など。

 
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