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秋に想う

 

 

広い公園が近くにあるので、天気のよい平日などは最高です。ワンコを散歩させてるおじさん、小さいお子ちゃまを連れたママがまばらに居るぐらい。仕事に意識が向かいすぎて、何かの型にすっぽりはまってしまうんじゃないか・・・自分が自分じゃなくなってしまうんじゃないかって。多分、それはある種の成長と言えるとは思うのだけど。

 

 

あなたにとって、人生とは何ですか?

 

 

こう問われたら他の人はどう答えるのかな?すごく聞いてみたい。色んな答えがあると思うけど、きっとそんなことは考えたこともないっていう人もいると思う。

 

ふと、この頃よく脳裏をかすめていく感覚があって、それは本当にごく日常の一コマでのこと。天気のよい日に薄手のカーテンが風にゆられて気持ちよさそうだったり、美味しいスイーツを買ってきて一口目を口に入れた時のあの幸福。

 

幸せってそういう感情をその瞬間味わうことだなあと。

 

 

 

喉元過ぎれば熱さ忘れる、ってわたしの為にある言葉なんじゃないかと思うのですが、やれ嗅覚がなくなった、やれ子供がアレルギーだ、やれ仕事漬けで大変だ、やれ息子が大反抗期だ、ってギャンギャンしていたのが今は落ち着いた日常を送れている。

 

ああ、時は過ぎるんだなあ。。。いくら現実に刃向ってワンワン吠えていても、時は過ぎていくんだなあ。

 

 

平日の公園って、時間に縛られていないでしょ。ゆったりのんびり過ごしたい人、喧騒から距離を置きたい人。常に時間と一緒に動いていると、自分まで時計の針になってしまったかのように、ぐるぐる止まらなくなっちゃうんだよね。常に動いてないと落ち着かなくなってきちゃって。ま、そういう時もあっていいのだけど、ずっとそれが続くと酔ってしまう。

 

 

とそんな感じで、忙しかった9月の余波はきれいさっぱり落とすことができました。

 

 

秋と言えば読書ですね。本を読んで眠くなったら昼寝して、起きたら何か食べてまた本を読んで・・ってしたい。。あ、してるか。

 

今読んでるのは森茉莉さんの本。森鴎外の長女。大正時代の東京の食堂のこと、大の西洋飯好きだったようでパリでも18歳の頃一年暮らしているので、当時のパリ(巴里という字も好き)の大衆の食事事情が愛情たっぷりに描かれていて、とてもおもしろい。

 

それに森茉莉さんは50歳を過ぎて作家になったのだそう。感性が瑞々しい人はきっとずっと死ぬまでそうなんだろうなと思う。

 

 

この前買ったのがこの2冊。右は新刊。

 

紅茶と薔薇の日々・・だなんて何て憎いタイトルを付けてくれたのでしょう。これを買わずに居られると思って?(誰やねん)しかも何と絵の素敵なこと・・

 

伊丹十三さんのこの本は前から読みたいと思ってたもの。こういう一昔前に外国を彷徨った人の体験記って、絶対おもしろいでしょ。時代も違う、国も違う、その時代のその国に本を読んでる間タイムトリップするみたいで。

 

 

 

 

鈴虫の音色を聴きながら、読書といきましょうか。  間もなく眠くなりますよ・・

 

 

 

 

娘がよく焼いてくれるクッキー。これがすっごく美味しいのです。母は何も教えることはございませぬ。。。

 

 

レッドタートルと所感

 


 

先日レッドタートルを観てきました。

 

予告の映像を観て、直感で絶対好きな感じのだと思って。予想をはるかに超え、わたしの中ではジブリ作品で1番。もう少し若かったら千と千尋が一番ですが、今の自分だからこそでしょう。この作品、大変心を打たれました。

 

やわらかで物憂げな色彩と画のタッチ、そして自然界の音。どこかアダムとイヴを連想させ、「一つの命」がどう移ろっていくのかを一匹の亀、家族を通して描く、シンプルな物語。

 

セリフは叫び声ぐらいしかなく、わたしはこんな映画を待っていました。(と観て感じました)

 

説明過多の物語にはうんざりするし、人の感情を逐一言葉にしなくちゃ解らない程、人は想像力が欠けてしまったのか、それとも創る側がそうさせているのか解りませんが、あらゆることに説明が入り過ぎて息が詰まりそう・・と思いません?

 

今、この作品自体がとても大切なメッセージだと感じました。

 

 

わたしは日本のアニメのあの原色ベースの画が苦手で、古いものならいいのですが(銀河鉄道999とかルパン三世とか)。。ジブリの中でもこのレッドタートルのアニメーションが一番好きです。本当に美しかった。墨絵のようでいて、鉛筆画のようにやさしくて、ただただ画と音の世界を楽しみました。

 

ラストでは自分でもビックリするぐらい涙が止まらなくて、こんなに涙が出たのはいつ以来だっけ・・って出てくる嗚咽を抑えとりました。(劇場空いてたのでね・・)

 

情報過多になりがちな現代人に、ぜひおすすめしたい作品です。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

レッドタートル繋がりみたいですが、息子がこの前社員旅行で台湾に行き(台湾に台風直撃してた日)中々楽しんできたみたいです。(いいなあ〜。どんな感じ何だろ)

 

お土産を買ってきてくれたのですが、それがこれ!

 

 

パイナップルケーキと台湾茶!

 

おお〜、お茶好きにはたまらんお土産。高山茶は何杯も淹れて楽しめるらしく、家事を終えた後早速頂きました♪

 

 

お茶の葉まんま淹れてみました。繊細なお花の香りが鼻から抜けてとても上品なお味。

 

 

 

 

ふう。。これでやっと本来の自分に還って来られました。。←

 

 

 

 

というのも、しばらく抜け殻のようになっておりまして、人生初めてカレンダー通りの勤務と東京駅まで片道1時間。トップ企業の本社で初のオフィスワーク。日々、ジリジリと心身が疲弊していくのを感じつつ、頑張るぞ〜と張り切っていた糸を今、ほどきにほどき・・緩んだ時の自分に戻るまで、「無の世界」でした。

 

初めての場所に行ったり何かしたりするのに、結構勇気を必要とする方なのですが一度でも行ってしまえば、ほぼほぼ我がものにしていけるタイプでもあり、まずこの最初の壁に相当エネルギーを使うのです。毎朝、東京駅の人混みの中を泳いでいるうちに人の多さを(こんなもん)とさえ感じるようになり、相当感覚も鈍りました。

 

仕事用の自分と本当の自分。仕事用は必要最小限のエネルギーで最大の効果を発揮したいので(??)気の乗らない余計なことはしません。ムリに話を合わせたり勝手に憶測したりはエネルギーのムダ使い〜。ちょろっとジョークを言ってさらっと凌ぐ。

 

色んな情報にまみれ過ぎると人本来のセンサーが鈍ってしまうので、しばらくデジタルデトックスしてみようかなあなんて。

 

 

 

忙しい毎日を送る頑張り屋の方に、レッドタートルおすすめです。

 

 

宇多田ヒカルとの出会い

 

タイトルが恋人みたいですみません。笑

 

 

 

久しぶりに宇多田ヒカルの歌を聴いた。

 

あれは23歳の時。その頃三重県に住んでいてちょくちょく車で名古屋へ出かけていた。三重に引っ越す前は名古屋の千種区に住んでいて、ZIP.FMというラジオ局の日曜午後からやる小林克也さんのZIPHOT100という番組をほぼ毎週聞いてた。音楽は生活に欠かせなくて、休みの日はよく栄のHMVやタワレコに行ってブラブラしていた。そのラジオ番組は洋楽邦楽問わず、中部圏でホットな曲をランキングするもの。

 

ある日の名古屋からの帰り道。夕暮れの空の下、四日市あたりを車で走っていた。ラジオの小林克也さんが「さあここで今注目のアーティスト紹介!ええ、某有名歌手の2世でもあるみたいですよ〜曲は『Automatic』」

 

曲が流れ始め、聴き終わったあとのショック、、驚き。え、何この曲、リズム、歌声。

 

鳥肌。どうしようもなく素晴らしいものを聴けてしまった。聴くところによるとまだ15歳?え、誰?自分でつくってるの?

 

おおすごい。。。

 

それまで聴いてきた邦楽じゃない、こう、丹念に作り込まれたリズムじゃない、自然に溢れ出ている生きたリズム、というか。

 

そしてその後、宇多田ヒカルがメディアでみるみる取り上げられていき、HEYHEYHEY!ミュージックチャンプ(ダウンタウンの音楽番組ね)に初登場すると聞いて、どんな子?どんな子?と興味深々でTVウォッチング。

 

そしてわたしの中で感じたのは、ああ、今15歳を生きてるけど骨の隋からアーティストだ。と。人はそれぞれどんな世界を生きてるか、そのそれぞれの世界の匂いを纏っていると思うけど、才能の源泉みたいな彼女が今出てきたってことは、日本に、音楽に癒しのパンチを食らわすため・・そんなふうに思った。

 

宇多田ヒカルがデビューし、ヒットし始めたのがちょうど長男を生んだ頃。チャイルドシートに長男を乗せてよく一緒に歌っていたら、ある時から長男が後ろからハモってきて。

 

歌:でも〜言葉〜を失った〜瞬間〜が〜

長男:・・・・・・・・・・・・ンガ〜〜♪

 

ンガ〜〜をバッチリ重ねて来ました。笑  かわいかったなあ・・・。(遠目)

 

今宇多田ヒカルの曲を聴くのは殆どアルバムをめくるみたいで、Automaticを聴くと初めてラジオから歌声が流れてきた時の感覚が蘇る。音って、体の中の水分、細胞に記憶されるのですからすごいですよね。

 

そういう記憶された音楽は他にも沢山。中学の頃に兄のテープ(当時はテープです。ハイポジの)を勝手に拝借してこっそり聴いたユニコーン。これもとってもショッキングだった。え、こんな曲があるの?今までテレビで流れてたヘタなアイドルは何だったの?やったあ!いい音楽見つけちゃったあ! 的な発見が楽しくて楽しくて。

 

そこから兄の居ぬ間を狙ってコソコソとテープを借り、クイーンとか、ヴァン・ヘイレンとか聴きましたが、クイーンはまだ当時のわたしには早かったしロック全般がダメだったな。ユニコーンはロックとかそういう縛りに当てはまらない、自由で不思議なバンド。高校の頃は何回もライブに行った。

 

自由で不思議と言えば、フリッパーズギター、小沢健二も自由で不思議で好き。レベッカもよく聴いた。あの歌唱力と切なくて力強いメロディは何度聴いてもよくて、他のアイドルとか聴けなかったもん。

 

 

 

宇多田ヒカルの歌声にわたしが癒されるのは、その声に彼女が語らない人生が詰まっているからだと思ってる。歌声というのは、歌唱力やテクニックで人の心を掴めるものじゃなくて、上手い、上手くないというフィルターで歌を聴くことはない。何が伝わってくるか、歌声の端々にそのアーティストが伝えたい、でも伝えきれない切なさや悲しみや、愛とか、メッセージや、表現したいもの、そういう非言語的なもの。それが空気を伝わって人の心を揺さぶってくる。だから、こんなにも沢山の人の心を捉え、皆が彼女の歌に寄りかかり、酔いしれることができる。

 

最近は売れるものを優先することが正しいこととされる風潮があるよね。本でも服でも、新聞でも雑誌でも、テレビでも何でも。

 

でも、人が心の底から求めているものって本当にそういう"売れる"ものなの?

 

わたしは人が心の底から求めているものは、”感動”だと思っている。体に染み入って一生涯自分の一部になる、そういう驚きや感動。そういうものに出会うと、ほんとうに息を飲むような瞬間が訪れるよね。”感”が”動く” 五感が動くってことだもん。鳥肌が立つような感動を届けてくれるアーティストにどれだけ出会えるか、音楽でも、本でも、何でも。これって人生をどれだけ豊かに過ごしていけるかに比例するとわたしは思ってる。

 

 

 

宇多田ヒカルの好きな曲は色々ありますが、これはデビュー前にCUBICUという名前で活動していた13歳頃の歌。Close to youのカバー。すでにR&Bを体現してしまっていてすごいなあと思う。

 

 

 

そして、5年ぶりに活動復帰されましたね。また一味違う歌声を聴けるのが楽しみです。

 

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