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シンプル人間関係



ワタナベ薫さんの本を読んでいましたら、人間関係をシンプルにするーのページで色々思い出すことがありまして。本日2回目の更新でございます。

よく記事にも書いているので重複しますが、わたしは人生のうち自由であることに・・大変価値をおいてます。

なのでムダなことがキライ・・。ムダなこととはしがらみだらけの人間関係とか、上辺ばかりの保身的なつながりとか。

というか、そういう付き合いが出来ない・・。



わたしは18歳まで極田舎で暮らしておりました。50mぐらいのところに同級生のA子がいましてね。保育園、小学校、中学校、高校まで一緒でした。腐れ縁もここまでくると笑うしかないのですが、わたしが名古屋で就職し、一人暮らしを始めたとき、なんとA子、近くに引っ越してきたんです。あーた、もう〜ええやろ・・ってなりますよ(笑)

このA子、昔から何かと言うと色々わたしに相談してくるのですがね、相談というより、自分のすることを認めてもらいたいという感じでしょうか。

わたしとしては、確かに一緒に遊んでいるし楽しいことも沢山あるけどねー、、依存的で自分本位で、言わずにおけばいいことを色々言ってくるA子のことは・・正直、田舎じゃなかったら付きあっていないだろうと思うわけです。

田舎って、人がそもそも限られているのです。別に仲良くなりたくもないのに、大人があれやこれや、近所だから仲良くしなさいだの、勝手に幼馴染にしたてたり・・子供ながら相当めんどくさかった。

わたしの言うことに色々驚かれたり。何故かおどろかれるのですよ。謎です・・。ミステリー・・

そういうことを考えてもみない人に囲まれていたからでしょう。

こんなこと書くと何だか恩知らずみたいですが・・、住む場所が合っていなかったのだろうと思います。

中学までの同級生の殆どは、現在地元で暮らしているみたいです。故郷というと何だか温かくて懐かしいものを想像するのですが、わたしにとってのそれは・・遠い過去、変わることを忘れてしまった場所、昔に引き戻そうとするエネルギー、過去の傷ついていた自分・・ そんな苦さや苦しさを連想させます。



22年来の親友が一人います。

彼女とは18の時に出会い、当時色んなことを語り、たまに無茶をしたりして・・、わたしが結婚出産、彼女も結婚出産を経ても昔のような心の繋がりを感じて、いつもわたしの幸せを願ってくれている大切な人です。22年の間、本当おたがい色々大変なこともあって。でも、連絡は滅多にとりません。へたすると年賀状だけの時もあったり。

けれども、たとえ滅多に連絡はとらなくても、いつもお互いのことを想っている・・何でしょう、そういう温かいものが心の中に灯っているような・・そういうものを感じられるだけで、わたしはとても幸せです。

友だちと呼べる人はほぼ居ないに等しいかも。。

それで何故か全然困らないし、むしろ思い通りに時間を使えるほうが大切。

友だち100人とか、どういう仕組みなんだろうと逆に不思議ですもん。SNSで繋がったら友達と括る人も居るし、一度話をしたら友達と思う人も居る。

そんな簡単に人と人は心で繋がりあえるかな〜。。あ、もっとドライな感覚なのかな。芸能人とがならね、解るけど。




わたしの好きなコラムで・・

脚本家・松尾スズキさんの現代野蛮人入門



こちらにですね、友達不要論というのが載っています。

松尾さんが大人になるまでの経緯などをを交えつつ、面白おかしく友達不要論を説いておられます。


あ、別に友達不要論を広めようとか思ってるわけじゃなくて。

確かにキャラ像に縛られて身動きできなくなってる人が多いな〜って、楽になればいいなって思いますが。

自分からも周りからも自由になればいいよ〜。勇気がいるのは最初のちょっとだけ。本当の自分でいれば本当の親友が残りますから・・


それでは、また・・


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JUGEMテーマ:人生論
 

グループと個性



(いつも行く喫茶店で)

今はハナヨウヒンンと言う名で制作をしておりますが、2002年にものづくりを始めた頃は全然ちがう名前でした。

あの頃は・・、まあ、恥ずかしいものを沢山つくってました・・(お見せするのが)

そのくせ妙に自信たっぷりで。初めて何かを完成させた喜びを知る人なら、想像がたやすいかもしれませんが、(わたしってばすごい!)(これ世界一かわいい!)(この良さがわからないなんて信じられない!)

ってなふうです。

この感覚が90%以上占めていたような気がします。今思うとほんと、何処からその自信が湧いてきてたのかナゾですが、つくれることに酔っていたのですね。恋は盲目と申しますが、ものづくりも人を盲目にさせるのですね・・。(遠い目)

「創造的人生の寿命は10年」と、宮崎駿さんもおっしゃってましたが、それは確かなこととわたしは思っています。

2002年から4年間、インスピレーションを形にすることに深い喜びを味わいました。

学校でデザインや縫製の基礎を学んだわけでもなく、先生についてるわけでもない。一番無くしたくないと思っていたのは、魂の底から湧き上がってくるイメージ、色や世界、そういった、教え教えられるもの以外の感覚。

何かを形にすることって正解も不正解もなくて、どのやり方が正しくてどれが正しくないとか、誰かが決められるようなことでもなくて。

表現や芸術は、既成概念や固定概念の枠を軽々と飛び越えてしまうもの・・


未だになのですがわたしの中で、日本の学校、多くの学ぶことの在り方、多くの人が抱いている勉強の仕方に対して警戒する部分があります。

もちろん子弟関係が良くないとは言いません。古典芸能も、古き良き伝統の技術も、それらがあるからこそ未来へと受け継がれていきますから。


ただ、どう生きるかという個人の人生において、安易に先生と呼ぶ人を持ってしまうのは・・少しこわいような気がするのです。

日本はあえて上下関係を持とうとする傾向があるから余計そう思うのですが、一人の人が存在するという、変えようのない事実において、全ての人は平等です。中学生も、子育て中の専業主婦も、年金暮らしのお年寄りも、大企業の社長も、失業中の人も、起業家も、みーんな同じ一つの命。

わたしの大嫌いな言葉に、勝ち組負け組というやつがありますが、これは一体誰が考えたのでしょう・・?

サッカーのワールドカップでも、海外組だの国内組だのとすぐ組分けしたがるのは一体なんで・・?

なぜ日本人はグループ分けしたがるのでしょう・・?

おそらく、何かと比較していないと自分の存在を認めにくい社会ということなのかな。




私個人のことを少し言うと、昔から集団行動がダメでした。

集団で行動(女子数人で移動とか)すると体が拒絶反応するんですよ(笑) あ、ムリ。気分わるい。。ってなる。

高校では変わってると思われてたようで(田舎だったのでその方がわたしには勲章でしたが)、文集の変わってると思う人ランキングで2位入賞。正直ビックリ。いつも同じ人とネチネチした話題ばかりしてるほうが変わってると思ってたから。

この辺りで、女子の集団はめんどくさいことが好きなんだな、と悟りました。小学生の頃とか、マンガの付録なんかをみな同じのを持ってるわけです。もうすでにそれが気持ちわるかったのですよ。(何でみんな同じものを持たなくちゃならんのじゃ。)てな感じです。

意識するしないのレベルじゃなくわたしの遺伝子が、人と同じものを持ったり、同じように同化したりすることを拒絶しているんです。あと、よく先生などが教室で「みな解りましたか?」と言うでしょ?そのあと教室が「・・・・・(シーン)」となるのが耐えられなかった。

(おい!返事しろよ!)って。・・自分がすればいいのだけど。


あとわたしの母もグループ分けしたがる人でしたね。。「あの人はあのグループだから」「あんたあの子たちのグループと遊ばないの?」「あのクラスは個性的やでね」などなど・・

・・・とか、くだらなすぎて。母よそんなにヒマなのか?

『女子はめんどくさいことがお好きなのと、グループ分けが好き。』


(あ、これは関係ないですが中原淳一のポストカードです)

高校以降、仲良くなった友達はみんな5〜10ぐらい年上でした。何でか、色々誘ってくれて、飲んで人生について語り合ったり、女の人はみなすごく大人に見えたけど話してると本当に面白くて、一緒にいるといつも笑ってました。

子供を育ててきて(育てたというか育った)思うのは、お母さん同士の世界も高校と対して変わらない、こと。

グループ分けも状況がレベルアップしてる分複雑だし・・。

って、グループを極力避けてきたわたしが言うことなんで、これからお母さんになる予定のみなさまどうぞビビらないでくださいね!

ようは、同じ波長の人同士が引きあうってだけのことです。うわさ好きな人はうわさばかりするグループに入るだろうし、子どもを褒めまくって愛情注ぎまくっている人はそういう朗らかなグループに引き寄せられるだろうし。

わたしみたいに必要最小限に付きあいを留めてきた人は、そういう人同士でライトにくっつくだろうし。




・・って、アレ?

何で母親グループの話になってるん?



そうだ。言いたかったのは、みな一人一人、個性をもって生まれてきたということ。

うちの息子も娘も、到底同じ腹から生まれたとは思えないぐらい、性格も気質も正反対。誰が教えなくても好きなことに手を伸ばし始めるし、歩き出すのもその子がこの日と決めた時。地球にいる人全て、同じ人など一人も居ないということを想ったら、安易に比べたり、グループ分けしたりすることはすごくすごく陳腐なことでしょう。


みなが(わたしが)一番大切にすべきものは、自信。自信=自分を信じること。

これだけものと情報が溢れる中では、流されようと思えばいつでも容易く流される。一度流されると、流されているという自覚を持つことが難しくなる。自分の焦点が常に流されているから、流されていることにも気が付かない。


テレビ、マーケット、看板、CM・・こういったものは想像以上に人の意識を書き換える。目から、耳から、潜在意識にまで及ぶ効果を狙うために、膨大な費用がかけられてる。

それらをノンフィルターで全て信じ込む前に、自分自身の目と耳と頭を使い、一度吟味してみるのです。この音楽にこの俳優に・・ってな感じで客観的にね。(もちろん映画やドラマはそんなことしませんよ。むしろ無になります。)



今日は本当はわたしのつくることについての想いを書き綴りたかったのですが。

見事に脱線しました。ゴメンナサイ・・。




色々と、日々感じることがあって。見てみぬふりをさせないためにも表現というものがあるのだと思います。もっと色々か期待ことがあるのですが・・、どんどん出していないとパンクして自家中毒になりそうで。しかも脱線王なので・・今日はこのへんにしておきますね。


お付き合いくださってどうもありがとうございました・・☆


 

鳥を愛でる休日





先日iichiさんのメルマガに新作のバッグを載せて頂いたおかげで、初めてのお客様方からブックカバーなどもご購入頂き大変嬉しいです♪喜んで頂けたお声を頂戴するともっといいもの作りたくなってきます・・。心から感謝。



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冬休みも終わり、今日から子供らいよいよ三学期ーー。





わたしは久しぶりに図書館へ行き、勉強したり公園で鳥を愛でたりしてました。







今日はいつもより鳥さん沢山集まってました!







草をついばんでいるのかな?



カモかわいい・・♡







一緒に混ぜてもらいたい・・・←え









これよりカモになったつもりでカモと一言を。ドンドンパフパフー







カモリーダー・・「今日は天気もいいし、みんなあ!はりきってついばむカモ!」



カモ全員・・「よし、行くカモー!」(いい大人ですけど何か?)







カモリーダー・・「何か飽きちゃったな・・みんな!あっち行くカモ!」



カモ全員・・「あ、はいカモ!(またリーダー飽きちゃったのかよ、、)」







カモ爺・・「今日はいい天気じゃのう、カモばあ。孫もはりきって草をついばんどるぞ」



カモ婆・・「ええほんとにねえ、カモじいや」







流れ者の鳥・・(わたしはいつも自由よ。あんなふうにつるんだりなんかしないわ。鳥は自由に飛んでこそ鳥なのよ)











流れ者の鳥・・(さ、出発の時がきたわ・・)







         ・・・次回に続く・・ことはありません。











画面に冷ややかな目線が放たれているのを感じますが・・(笑)



ま、たまにはアホな感じで(たまにはて











いつか続編を書くぞ・・!



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